ソラが死んでしまった。
実家で飼っていたペットの犬で、もうすぐ16歳になるところだった。
わたしは幼少期から犬というものを毛嫌いしていて、服に毛がついたとかなんとか言って毎朝大騒ぎして、近寄らないでとかひどいことをたくさん言っているのに、それでもいつもにこにこの笑顔でそばに寄ってきた人懐こい犬だった。
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数日前から急に体調が悪くなり、母には大丈夫だよと言っていたけど、ごはんもお水もシリンジで与えられて終始ぐったりしている状態は、誰が見てももうすぐだという感じだった。
体調が悪くなってからわたしは、毎日お散歩に行った。会社を17時半に退勤してそのまま実家に帰って、自分では歩けないソラをカートに乗せて公園を歩いた。体重が激減しているとはいえ20キロ以上はあったから、まったく動かないソラをカートに乗せるのもおろすのもひと苦労だった。
そんな生活を1週間くらい続けたとき、ソラは死んでしまった。わたしが退勤して、「これから帰ります。お散歩待っててね」と母にLINEをしたちょうどその時間に、ソラは息を引き取ったらしい。
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冒頭の通り、飼い始めた当初わたしはソラのことが好きじゃなかった。というか犬のことが嫌いだった。犬をかわいいとか好きとか言ってるひとは、全員良い人に思われたい奴だと思っていた。いま思うとなんでそんなことを思っていたのか、なにに対抗していたのかと不思議でしかないけど、当時のわたしは本気でそう思っていた。
ソラのことを気にかけるようになったきっかけは、間違って家から出してしまったからだ。ものすごく元気のいい犬だったので、玄関のドアを開けるときによく注意をしないと、脇からさっと外に出てしまうのだ。
その日もわたしは、ソファの上に寝ていた姿を見て安心してドアを開けたら、猛ダッシュでわたしの足元をすり抜けて外に出て行ってしまった。すぐに追ったけど、犬の猛ダッシュにかなうはずもなく見えなくなってしまった。
急いで家に戻って、「ソラが逃げた!手伝って!」と母を呼んだ。2時間くらい町中を探しまわってようやく見つけた。いつもの散歩ルートの途中にある、道路脇の上垣の下に小さく身を丸めて震えていたのを他の犬が見つけてくれたのだ。
いつもにこにこして人懐こいソラが怯えているのを見て、初めてこの存在を守らないといけないのだという気持ちになった。自分とは関係ないと思っていた存在だったけど、初めてこのとき家族として認識をしたような気がする。
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犬は笑わない、笑っているように見えるのは単なる表情の作り方なのだという記事を読んだことがある。でも、わたしはソラはいつもにこにこ笑顔の優しいおおらかな犬だったように感じる。周囲の犬に吠えられようが敵対視されようがソラはいつも朗らかで、そんな敵対心すら包み込むように笑っていた。
賢いと言われがちな犬種だったけど、正直そんなに賢い犬ではなかった。落ちている食べものを食べちゃうどころか、道端の石や花を食べたりしていて、いまもし胃を解剖できたとしたらなにが詰まってるんだろうっていうブラックホールみたいな胃だった。
寝ているときには毎回目が開いていた。わたしの家族はみんな寝ているときも目が開いてとんでもない寝顔になるのだけど、ソラもなぜかそれを受け継いでいた。( 犬ってみんなそうだったりしますか?) その姿を見るたびに、家族なんだなぁって愛おしく思っていた。
母が旅行に行くときは一緒にお留守番をして、何かあると怖いからごはんも出前をお願いして24時間体制でそばにいた。
雷が落ちるのをひどく怖がるので、音が聞こえなくなるように毎回毛布をかけてあげた。
りんごとスイカが好きなので、端っこをあげるとどんなに遠くにいても全力ダッシュで近づいてきた。
母と一緒に散歩に連れて行くと、わたしがいるのは珍しいからか遠くまで歩きたがって困った。でもわたしだけのお散歩だと道端に寝っ転がってまったく動いてくれなかった。
ドッグランに遊びに行っても不安になるのか、すぐにわたしたちの姿を確認して戻ってきた。父がふざけて隠れたときは、ドッグラン中を駆け回って父を探していた。
散歩のときは率先して一番前を歩きたがるのに、誰かついてきていないひとがいないかを10歩に1回くらいは確認していた。
ひとのことが大好きで、散歩に行くたびにひとに寄って行って構ってほしがっていたし、うちに来る友人みんなにも愛されていた。
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ソラが亡くなったと母から連絡をもらったあと電車に乗って初めて、涙が出ていることに気づいた。落ちてきた涙で初めて自分が泣いていることに気づくという、よく漫画で見るシーンを自分が体験するとはまさか思わなかった。
でも一度認識してしまうと、悲しくて寂しくて電車の中でぽろぽろ涙が出てきた。地元の駅に着いて、好きだったりんごを供えようと思ってスーパーに行ったら、レジで「258円です」と言われてその瞬間に、「に、258円!?りんごひとつに!???」と思って急に涙が引っ込んだ。我ながらげんきんな性格である。
ペットのほうが寿命が短いんだから、ペットが先に死ぬなんて当たり前だろ。ペットへの追悼文なんてなんで書くんだと思っていたけど、こうすることでしか思い出をまとめられない気持ちがいまはわかる。( というか、わたしはひねくれすぎている )
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うちに来てくれて、本当にありがとう。
たまには様子見を見に帰ってきてね。
どうか、安らかにゆっくり休んで、おいしいものをたっぷり食べてください。